ドクターインタビュー

妊娠・出産にまつわるおしりの悩みを解消しましょう

妊娠・出産にまつわるおしりの悩みを解消しましょう

外科杉政奈津子

外科ドクターインタービュー

杉政奈津子

痔は昔から人類にとってなじみ深い病気の一つです。古くはフランスの英雄ナポレオンや江戸時代の俳諧師、松尾芭蕉も痔で悩んでいたと言われています。現代でも痔にまつわるおしりの悩みは万人に共通ですが、中でも妊娠・出産を経験した方の多くが、その経過でおしりの悩みを抱えていると思います。今回、女性のための肛門外来を担当されている日本外科学会専門医、杉政奈津子先生にお話を伺いました。

まず痔について教えてください。

痔には痔核(いぼ痔)、裂肛(切れ痔)、痔瘻(膿がでる痔)といった種類があり、それぞれ成因が違うため治療法も異なります。今回は、出産を経験した女性に多い痔核について説明いたします。通称「いぼ痔」と呼ばれる痔核は、「いぼ」のようなできものではなく、肛門周囲の血管(静脈)が集まって腫れている状態を言います。言い換えれば、誰でも正常な痔を持っていますが、生活習慣など外的要因で病的な痔に腫れあがってしまうものを痔核として治療にあたるわけです。
 痔核には、肛門の奥、直腸下端粘膜にできる内痔核と、肛門周囲の皮膚にできる外痔核があります。内痔核が大きくなると、肛門周囲の皮膚に広がって外痔核も生じ、痔核が肛門の外に飛び出してしまいます。そして、脱肛、疼痛、出血といった特徴的な症状を来します。痔核の原因は生活習慣と密接に関係しており、おしりの血の流れが悪くなる便秘・下痢、運転手さんなど長時間の座位、冷え、ストレス、アルコールなど、多くの生活習慣が痔核の増悪因子として知られています。今回のお話でもある妊娠・出産も、代表的な痔核増悪の因子です。

妊娠・出産がどうして痔になりやすいのですか?

妊娠後期に入ると子宮も大きくなり、体の中で様々な変化が起こってきます。大きくなる子宮や胎盤に酸素と栄養を運ぶために骨盤の血流量が増加します。また、子宮が大きくなればなるほど、骨盤の静脈を圧排し、足から心臓への血液の戻りが悪くなり、肛門周囲の静脈もうっ血しやすくなります。同じ理由で妊娠中は便秘になることも多いです。さらに、妊娠中は女性ホルモンの影響で、血液の凝固能が高まり、分娩時の出血に体が対応できるように準備されていきます。その反面、血管内で血が固まる血栓を来しやすくもなってしまい、これら要因から内痔核が急速に悪化することがあるわけです。
 妊娠の経過を無事に経て、最後に最大のイベントである分娩があります。人によっては非常に長時間の分娩で、より痔核を悪化させてしまうこともありますが、妊娠・出産にまつわる痔核の原因は分娩時のいきみがメインではありません。先にお話したように、それまでの体の仕組みが、デリケートなおしりの不調を来してしまうものなのです。

痔核の治療について教えてください。すぐに手術なのですか?

痔核の治療には坐剤など外用薬による保存的治療と外科治療があります。痔の原因は生活習慣にも深く関与していることから、普段から痔にならないように予防することが大切です。入浴でおしりを温めて血行を良くすることは効果的です。すわりっぱなしや立ちっぱなしなど同じ姿勢を長時間続けるのはよくありません。排便の際に強くいきむのも負担になるので便意は我慢せず、快便を心がけるようにしてください。痔核の症状が出た場合にも軟膏や坐剤などを使うことで、多くが楽になってきます。軟膏や坐剤に関しては通常の使用の範囲では妊娠の経過に影響を与えることはほとんどありません。
 手術がメインである外科治療には「結紮切除術」と「四段階硬化療法(ALTA療法)」それに両者の「併用治療」があります。「結紮切除術」は根治性が高く、どのような痔核にも対応できますが、入院期間が数日から1週程度と長く、疼痛も伴います。一方で、痔核に特殊な薬剤を注射して痔核を縮小させる「四段階硬化療法」は疼痛がほとんどなく、入院も短期で済むため、広く行われるようになりました。しかしながら、「四段階硬化療法」は脱肛する内痔核や外痔核などには効果がなく、限られた適応で使用されます。このため最近は大きく脱出をともなう痔核には「結紮切除術」を、同時に小さな内痔核には「四段階硬化療法」を行う「併用治療」を行う施設が増えています。また、痔核の中でも、血栓性外痔核は痛みが強いのが特徴で、比較的急に出現します。痛みを伴うしこりを触れて、驚いて受診される方が多いです。疼痛が強い場合は、そのまま外来にて局所麻酔下に血栓を除去することで、痛みは消失し、帰宅可能です。

出産前に予防しておくこと、その他気をつけた方が良いことはありますか?

前述した生活習慣の改善、便秘の予防が大切です。妊娠前に予防的に痔核の手術を行うべきか相談を受けることもありますが、現時点で困った症状がなければあえて手術に望むのは勧められません。
 出産を経て内痔核の症状が強く出るようになった方は、その後も育児に忙しく食事や排便習慣が不安定になりかねません。保存的加療で症状が和らぐことがほとんどですが、中には手術が必要な場合もあります。いろいろなケースがありますから遠慮なく私どもに相談していただければと思います。